太宰治の代表作の一つ『斜陽』の内容を、最後までのネタバレ有で約3分(1700字ぐらい)で読めるあらすじにしました。
名作を知識として知りたい、近代文学は好きだけど種類を読んでいるかと言えば自信がない、というかたは多いと思います。
そのような場合の参考にしてください。基本情報についても載せています。
完全にネタバレ有のあらすじになります!ご注意ください。
太宰治『斜陽』基本情報
『斜陽』作品情報
ページ数 | 350ページ (AmazonのKindle青空文庫版による) |
初出 | 『新潮』1947年7月号 – 10月号 |
主な登場人物・モデルについて
- かず子(私)…主人公。29歳。離婚歴がある女性。
- かず子の母…元華族。10年前に夫を亡くした未亡人。かず子や直治は「最後の貴婦人」だと感じている。
- 直治(なおじ)…かず子の弟。高等学校の時に文学に凝り、阿片中毒になった。大学の中途で召集されて、戦地へ行く。
- 上原二郎…直治の文学の師匠。妻帯者。
『斜陽』は、当時太宰治が関係があった、太田静子さんの日記(斜陽日記)を元にした作品です。
作品の成り立ち・モデルについてはこちらの記事で詳しくご紹介しています。
太宰治『斜陽』のかず子にはモデル女性がいた。関連書籍を二冊ご紹介。
太宰治『斜陽』3分でわかるあらすじ
最後の貴婦人・お母さま
お母さまは最後の貴婦人ではないだろうか。
「おれたちの一族でも、ほんものの貴族は、まぁ、ママくらいのものだ」
今は行方がわからない弟の直治も、こう言っていたことがある。
戦争により、没落したかず子たち
戦争がすべてを変えてしまった。
お母さまには、もう使えるお金が無くなってしまった。
お父さまが亡くなってから、私たちの生活は、お母さまの弟の和田の叔父さま頼みになっている。
その叔父さまが、
「女中を解雇して家を売って田舎で暮らした方がいい」
とおっしゃったので、母と私は伊豆の山荘に引っ越した。
いまはもう、宮様も華族もあったものではない。
けれど、私が名前を汚すわけにはいかない。
私は畑仕事に精を出した。お母さまはめっきり病人っぽくなった。
そして私は、反対に、だんだん下品な女になっていく気がする。
直治の戦地からの帰還
弟の直治が戦地から帰って来た。
直治は家についた翌日、お母さまからお金をもらい、文学の師匠に逢うと言って東京に向かった。
それから十日ちかく、直治は帰ってこなかった。
直治の師匠・上原二郎との6年前の思い出
私は直治が逢いに行った人物、上原二郎さんのことを考えていた。
今から6年前、私がまだ結婚していたころ、直治にお金を渡すための仲介役として、この人に会ったことがある。
当時、直治は阿片中毒で多額の借金を作っていた。
上原さんは「妻と子は出かけている、出ましょう」と言った。
二人でお酒を飲んだ。帰り際に、上原さんが素早く私にキスをした。
世間が急にひろくなったような気がした。
あれから、6年たった。これが、私の「ひめごと」だ。
上京の決意・母の死
私は上原さんに、想いを綴った手紙を書いた。
けれど返事はなかった。私は彼に逢うため、上京することを決心した。
そんな矢先、お母さまのお身体の具合が悪くなった。
お医者さまに見せたところ、お母さまは結核で、手の付けようがないとのこと。
私は、私の肉体も共に無くなるような感覚がして、愕然とした。
直治の部屋から、社会主義関連の本を借りてきて読んだ。
この本から、旧来の思想を破壊していくがむしゃらな勇気を感じて、私は興奮していた。
破壊は、哀れで悲しくて、美しい。破壊しても、永遠に完成の日は来ないかもしれない。
それでも、したう恋ゆえに、破壊しなければならぬのだ。革命を起さなければならぬのだ。
人間は恋と革命のために生れて来た。
あさましくても私は生き残って、世間と争って行こう。
直治と私に見守られて、日本で最後の貴婦人だったお母さまは亡くなった。
6年ぶりの上原との再会
私は東京に向かった。上原さんは西荻にいた。
狭い部屋にたくさんの人が、騒がしく酒盛りをしている。
「ギロチン、ギロチン、シュルシュルシュ」と出鱈目に歌っていた。
その中に上原さんをみつけた。
ちがうのだ。六年。まるっきり、もう、違った人になっているのだ。
これが、私の生きがいのあのひとであろうか。
そこには、一匹の老猿が背中を丸くして部屋の片隅に坐っていた。
生き切るということ・死んでいく直治
私は生きている事の侘しさの、極限を味わっていた。
けれど、ここにいる人たちも、私の恋の場合と同じ様に、こうでもしなければ、生きて行かれないのかも知れない。
人はどうしても生き切らなければいけないなら、この生き切るための姿も、憎むべきではないかも知れない。
生きている事は、何というやりきれない、息もたえだえの大事業であろう。
その晩、上原さんと一夜を共にした。
私は一時間ほど必死で無言の抵抗をしたが、ふと可哀そうになって、放棄した。
私のあの恋は、消えた。
夜が明け、私は上原さんの犠牲者のような寝顔を眺めていた。
恋があらたによみがえって来た。
朝が来た。
弟の直治はその日の朝に命を絶った。
「自分がなぜ生きていなければならないのかわからない」という思い、上原の妻への恋心、「姉さん。僕は、貴族です」という言葉を残していた。
かず子は上原に手紙を書く
あれから一か月、私のお腹には上原さんの子どもがいる。
私は上原さんに差し上げる手紙を、静かな気持ちで書いた。
私は勝ったと思っています。けれど革命はまだ、行われていません。
私もあなたも、そして直治も、道徳の過渡期の犠牲者です。
私は、この子と一緒に、古い道徳と争い、太陽のように生きるつもりです。
たった一つお願いがあります。
直治のために、奥さまに、私の生まれる子どもを抱かせて
「これは直治が内緒で生ませた子です」
と伝えることをお許しください。
捨てられた女の幽かないやがらせと思し召しください。
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太宰治『斜陽』の感想と名言
『斜陽』から名言を1つご紹介します
幸福感というものは、悲哀の川の底に沈んで、幽かに光っている砂金のようなものではなかろうか。悲しみの限りを通り過ぎて、不思議な薄明りの気持、あれが幸福感というものならば、陛下も、お母さまも、それから私も、たしかにいま、幸福なのである。
『斜陽』は、悲哀感のある小説です。
生きていく人と死んでいく人がいます。
でもその生きていく人も、結局は息も絶え絶えになりながら、かすかな砂金にわずかな光を感じて生きています。
この表現は綺麗、と思いました。
ただ、最後のかず子は「太陽のように生きるつもりです」とも言っていて、本当に太陽のようになれたのかな、子どもっていうのはそこまで強くしてくれるのかな、とも思います。
『斜陽』の作品考察はこちらの記事で詳しく行っています。
太宰治『斜陽』解説・考察。「悲しみ」と「かなしみ」。かず子の恋の新生・変化を辿る。
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