今回は谷崎潤一郎の『秘密』について、内容を3分程度(1700字)で読めるようなあらすじにしました。
名作を知識として知りたい、近代文学は好きだけど種類を読んでいるかと言えば自信がない、というかたは多いと思います。
そのような場合の参考にしてください。基本情報や私の感想も載せています。
完全にネタバレ有のあらすじになります!ご注意ください。
谷崎潤一郎『秘密』基本情報・概要
作者について
谷崎潤一郎
1886年7月24日 – 1965年7月30日(享年79歳) 東京都日本橋出身
日本の小説家。初期は耽美主義の一派とされ、過剰なほどの女性愛やマゾヒズムなどのスキャンダラスな文脈で語られることが少なくないが、その作風や題材、文体・表現は生涯にわたって様々に変遷した。漢語や雅語から俗語や方言までを使いこなす端麗な文章と、作品ごとにがらりと変わる巧みな語り口が特徴。
Wikipediaより抜粋
『秘密』作品情報
発表年 | 1911年 (中央公論掲載) |
ページ数 | 24ページ (amazonのKindle青空文庫版による) |
登場人物
・私…主人公。今は寺で暮らす。通常の刺戟や芸術には満足できなくなっている。
・T女…2~3年前に私と上海に向かう船上で関係を持った女性
冒頭文
その頃私は或る気紛れな考から、今迄自分の身のまわりを裹んで居た賑やかな雰囲気を遠ざかって、いろいろの関係で交際を続けて居た男や女の圏内から、ひそかに逃れ出ようと思い、方々と適当な隠れ家を捜し求めた揚句、浅草の松葉町辺に真言宗の寺のあるのを見附けて、ようよう其処の庫裡の一と間を借り受けることになった。
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谷崎潤一郎『秘密』3分でわかるあらすじ
心が麻痺している「私」
私はふと、今までの人間関係から離れたく思い、浅草の寺の一部屋を借り受けた。
そこは私にとって全く縁のない場所だった。大人になり東京市中くまなく歩いたような気になっていたが、たまに子供の頃と同じように見たことのない別世界に辿り着くことがある。この場所もそういう場所の一つだった。
その頃の私は荒んで神経が麻痺してしまい、通常の刺激には満足できなくなっていた。
こんな自分でも心が動く何か奇怪な事はないだろうか。
私は、世間から離れて自分の行動を「秘密」にしているだけでも、生活に色彩を加えることができると考えた。
昼間は魔術や催眠術や探偵小説などに耽溺し、夜になると人目につかないように服装を変えて出かけていた。
女装により、秘密を通して見ることの楽しさを知る
ある日、古着屋の女物の袷が目に付いた。
しっとりとした女の着物…。それを着て女の姿で往来を歩きたくなった私は、着物一式を買い求めた。
着物を着て、化粧をする。だんだんと女の顔に変わっていく面白さ。
文士や画家の芸術よりも、俳優や芸者や一般の女の化粧の技巧の方が遥かに興味深い。
支度を終えると、私は往来の夜道へ紛れ込んでみた。
私の白粉の下には、「男」という秘密が隠されている。
いつもの公園も秘密の前ではすべてが新しく、夢のような色彩が施される。
2,3年前の知り合い、T女と出会う
私は毎晩この仮装を続けた。
それから一週間ばかり過ぎ、私は映画館の二階の貴賓席に女装姿で座っていた。
私の左隣にはいつの間にか二人の男女が腰をかけていた。
「……Arrested at last.…」(注:やっとみつけた)
女の方が、煙草の煙を私の顔に吹き付けながら言った。
その時私は気が付いた。この女が二、三年前に上海に旅行する航海の途中でしばらく関係を結んでいたT女だと。
女は私に気が付いているのだろうか。
私はその女の美貌に、今まで得意満面だった自分の扮装がかすんでいくのを感じた。
女としての競争に負けた、と私は思った。
嫉妬が恋慕に変わっていった。
女として負けた今、男として彼女を征服して勝ち誇りたい。
私は彼女の服の袂に、
「君は私が誰だかわかるか。願わくば明日もこの場所で会いたい」
と書いたメモを入れた。
その後、女は静かに映画を見ていた。
家に帰って着替えをしていると、頭巾の裏から紙の切れ端が落ちた。
紙には
「私はどんな姿でもあなたを見逃すわけがない。
嬉しいです。
明日、雷門に車を差し向けます。
けれども、自分の居るところを告げられぬ身なので、目隠しをしていただきます」
とあった。
自分が探偵小説中の人物になった気がした。私はますます嬉しくなった。
T女と探偵小説めいた逢瀬を楽しむ
あくる日の晩は大雨だった。
雷門で待っていると、暗闇から旧式の人力車がやってきた。
「旦那、お乗んなすって下さい」
車夫の男はそう言うと、私にきつく目隠しをした。
車に乗ると、私の横に女が1人乗っていることが感じられた。白粉の香りと体温が車に籠もる。
女は私の口の中へ、巻煙草を差し込んで火をつけた。
車は方向をくらますためか、何度も何度も折れ曲がり、そうして一時間ばかりして止まった。
目隠しをしたまま座敷に上がり、そこで目隠しが解かれた。
「よく来てくださいましたね」
『夢の中の女』との現実とも幻覚とも区別のつかない逢瀬の面白さ。
私は毎晩女の元に通った。
「私」は謎を解決したくなる
それから二か月ほど経つと、私は自分を乗せたこの人力車がどこを走っているのか気になってきた。
ある日、私はたまらなくなり、車の上で女に
「ちょっとでいいから目隠しをとってくれ」と頼んだ。
「それは駄目です。この往来は私の秘密です。これを知ったらあなたは私を捨てるかもしれない。『夢の中の女』では無くなってしまいます」
けれど私の強情さに負けた女はついに、「少しだけ」と言って目隠しをとった。
燈火の光の先の突き当りに、印鑑屋の看板が見える。
その時はどこだかわからなかった。
謎は解決し、すべてが色あせる。もっと色彩が濃い物を求める。
しばらくはあの晩に見た不思議な街の光景を忘れることができなかった。
そして私は何度も同じ道を通ったことで、回転する車の道順を覚えてしまっていた。
ある朝、車の動きを思い出しながら、私は道を辿ってみた。
雷門から龍泉寺、三味線掘へと進む。
すると、ハタとこの間の小路にぶつかった。突き当りに印鑑屋の看板が見える。
夜に見る趣とは違い、昼間のそこは貧相な家並みにしか見えない。
私はさらに進み、小路を発見した。この奥が女の家に違いない。
中に入って行く。二階の欄干から秘密を暴かれて死人のような顔をした女が見下ろしていた。
全ての謎は解かれてしまった。私はそれきりその女を捨てた。
二、三日後、私は寺から引っ越した。
私の心はだんだん「秘密」などという淡い快感に満足しなくなって、もっと色彩の濃い血だらけな快楽を求めるようになっていった。
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谷崎潤一郎『秘密』の感想
いかがでしたか?
この作品のおもしろいところは、タイトルにもなっている「秘密」が、実は途中の過程だということです。
この物語は「主人公が作品内でどう変化したか」を考えると、
刺激を求める私
↓
「秘密」で日常に色付けをすることを考える
↓
「秘密」での色付けは失敗する
↓
もっと濃い快楽を求める私
と、「私」が「秘密」を通り越して、さらに濃い快楽を求める人間になるまでを描いた作品になっています。
だからこの作品、私は「エピソードゼロ」として読んでみます
事件物のマンガとかで、主人公に敵対する相手役(ポリシーや美意識やこだわりをもっているタイプ)が人気が出る事がありませんか?
そんな時、その相手役を主人公にして、「彼はいかにして彼になったか」を紹介する「エピソード0」が作られることがあります。
物静かに見える彼。彼の裏にある思想は何か。そのような思想を持つまでにいったい何があったのか…
秘密は色あせたけれど、刺激を求める心はさらに募る…
『秘密』の「私」をそういう人に置き換えて読むと、一気にゾクゾクくるものがありました。
それはお話にはありませんが、これから彼はどういう人生を歩むんでしょう。
『秘密』は無料で読むことができるので、あらすじで興味をもった方はぜひご覧ください。
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また、立東舎様が「乙女の本棚シリーズ」の一つとしてこの『秘密』を出しています。
マツオヒロミさんのイラストを使ったこの作品はとても美しく、このシリーズの真骨頂といった感じでオススメです。
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ここまで読んでいただきありがとうございました!
こちらも3分で読めるあらすじです。