近代文学をマンガにした作品は、学習目的などもあって、探してみると思ったよりも数があると思います。
それらは、たいてい「文学とか文豪について知らないから興味のきっかけでマンガから入れたらいいなぁ」というものです。

けれど今回はそういう人向けではなく
文学はすでに好き。だけどマンガには興味があまりない。
という人にも真剣におすすめしてみたい、文学がモチーフになったマンガを紹介してみようと思います。
本当にいいと思ったものをご紹介しているので、よかったら参考にしてください。
『先生と僕 ~夏目漱石を囲む人々~』香月ゆら
『先生と僕』は夏目漱石と漱石に関わる人を題材にした4コママンガです。
驚くのは、 夏目漱石に関する知識量の多さです。
作者様は夏目漱石が好きで、夏目漱石についてかいていたら漫画家になってしまったというすごい経歴の持ち主です。そしてその知識については、2019年に放送されたNHK大河ドラマ『いだてん』で、明治ことばの指導をされていることからも裏付けされています。
作品は「タイトル→4コママンガ→それの注釈4行」というページの繰り返しでできています。
このマンガには、夏目漱石(とその周辺の人々)への「愛」と「知識」の両方があります。4コマのかわいい絵柄が「愛」で、注釈が「知識」の補完です。
作者様の夏目漱石(と弟子たち)のLINEスタンプを見つけました。ああ可愛い…。
前回の漱石先生LINEスタンプがご好評いただきまして、おかげさまで第二弾が発売になりました( ´ ▽ ` )ノ
— 香日ゆら (@kouhiyura) July 5, 2018
今回は人数が多いので、友人や弟子の人物名つけた画像も4枚目につけておきましたのでご参照ください!https://t.co/Ev0yeZfPst pic.twitter.com/m9UN5HA1rE
『先生と僕』はメディアファクトリー MFコミックス フラッパーシリーズとして全4巻として発売されたあと、河出書房より『先生と僕 青春篇』『先生と僕 作家篇』として文庫化もされています。
出版社を変えて再販されたということからも、評価されている作品だということがわかります。
『花もて語れ』片山ユキヲ
『花もて語れ』は「朗読」をテーマとしたマンガです。
この作品を読むまで、朗読、それと対になる黙読について考えたことはありませんでした。
私の感覚では、大人にとって、本は基本的に黙って目で読むのが当たり前という印象です。声に出して読むのは小学校の授業などきちんと漢字を読むことが出来ているか確認する時ぐらいというイメージでした。
けれどこの本によると、大正時代までは汽車の中で本を読むときでさえ、音読をする人のほうが多かったそうです。これにはびっくりしました。

お話は声で誰かに伝えられるもので、朗読者は声の変化でそこに書かれた文章が「どんな位置から、どんな立場で書かれているのか」をきちんと把握して話す必要があります。
それを考えながら読むことを「視点の転換をしながら読む」と言っています。
「ここの文章では作者は登場人物の横で実況中継をしているイメージ」
「そして登場人物は深い水の底から水の天井を眺めているイメージ。彼は体長1cm程度なので、それはとてもとても高い」
黙読ではイメージを深めなくても読めてしまう部分が、朗読だとそれをイメージしないと一言も声には出せない、ということでした。
この作品を読んで、物語を自分が解釈する助けとして、朗読について考えるのはありだと思いました。
この語りが誰のものなのかを考えるのは、小説の仕組みを考えることです。

ただ、個人の感想ですが、すべて「音読バンザイ」とはしたくないんですけどね…。
自分で音読するのはいいんですが、人に朗読して聞かせるのは作品中では「解釈の押し付けでは無い」と言っていますが、初めてその作品に触れた場合は、溜めて溜めて途中でふと自分なりに気が付くとかの仕掛けが無くなってしまう気もします…。
朗読向きの作品とそうでない作品があると思います。
作品中にいろいろな文学作品が登場します。1巻~3巻に取り上げられた作品は、次の4作品です。
- 宮沢賢治『やまなし』
- 宮沢賢治『春と修羅』
- 高村幸太郎『ぼろぼろな駝鳥』
- 斎藤隆介『花咲き山』
宮沢賢治の朗読を通じた解釈が特に面白かったです。

宮沢賢治の『やまなし』をこの作品では「〇と〇の物語」と解釈しています。
気になる方は本編をどうぞ。小学館ビックコミックスより出版されていて全13巻で完結しています。
興味あるけれどいきなり買うのは…、というかたはコミックレンタルはいかがでしょうか。
こちらの記事ではDMMコミックレンタルを利用したレビューを書いています。
『花もて語れ』13巻を全部Kindleで買うと9,009円かかってしまいますが、コミックレンタルを利用すると2,335円で読むことができます。(22/06/08現在)
【2021年】宅配コミックレンタル3社比較!DMMコミックレンタル利用レビュー・感想まとめ


『歌 文芸ロマン』松田奈緒子
松田奈緒子様は芥川龍之介をテーマにした『えへん、龍之介。』(KCデラックス)も描いていますが、それよりも初期の『歌 文芸ロマン』を紹介します。
こちらは5つの短編から出来ている作品集です。
そのうちの『歌』『昨日の彼女は』『モデルA』の3つが特に近代文学と紐づけられています。
『歌』は詩人でいるしかいられない中原中也の姿を、『昨日の彼女は』『モデルA』は芥川龍之介の作品を題材にしたコミカライズです。
『昨日の彼女は』と元作品の芥川龍之介『葱』を比べてみたら面白かったです。
『葱』は作品を書いている小説家が登場する作品ですが、その小説家が「こんな展開が書けない・書けない」と言っているような内容を、『昨日の彼女は』でマンガにしているような気がします。
こんな展開が書ける人だったらこの小説の作者は苦しまなかったし、芥川龍之介も命を落とすこともなかったんじゃ…などと思います。
ぜひ、二つをくらべて読んでみてください。
\この作品も再販されているため、表紙が二種類あります/
『ホーキーベカコン』笹倉綾人
『ホーキーベカコン』は笹倉綾人様の描いた、『春琴抄』(谷崎潤一郎)のコミカライズ作品です。
『春琴抄』は盲目で美貌の三味線奏者・春琴に丁稚の佐助が献身的に仕える耽美主義の小説です。
こちらの漫画化のタイトル「ホーキーベカコン」は、人の手を掛けて育てた鶯の放つ美声を表しています。
これは「自然の美」を越えた「究極の人工の美」の象徴です。
なので谷崎潤一郎の『春琴抄』はタイトルから「春琴のお話」、『ホーキーベカコン』はタイトルから「究極の人工の美」のお話、と言えると思います。
\絵柄の雰囲気などはこちらから/
ただいまより笹倉綾人『ホーキーベカコン』第1話の発信を始めます。お楽しみいただけますと幸いです🐦 pic.twitter.com/DYC3IeL8po
— 笹倉綾人『アエカナル』公式 (@aekanar) December 5, 2017
「究極の人工の美」に注目しているタイトルからもわかるように、これも『春琴抄』をただ漫画化した作品ではないです。
作品内で起こった事件の理由などについては作者の解釈が付け加えられ、絵柄で表現できるマンガという媒体で、『春琴抄』よりもつき従う佐助が「見ている」究極の美を持つ春琴を、表現している作品だと思いました。
KADOKAWAより全3巻で発売されています。
『月に吠えらんねえ』清家雪子
『月に吠えらんねえ』は、近代詩をテーマにした清家雪子様の作品です。
登場人物は近代の詩人や小説家が元になっていますが、実際の作者ではなく、それぞれの作品をイメージにした擬人化という形になっています。主人公は萩原朔太郎作品を元にした「朔くん」です。
最初の始まり方とは別に、かなり重い作品です。
文豪と言われるような人は現代では巨匠という扱いですが、生きていた時にはきっとそこまで仲間うち以外では権威性はなく、特に詩歌をやっていた人のほとんどは、実務にまったく役にたたない人という扱いだったと思います。
そんな人が国家に「あなたのしていることこそ役に立つ」と初めて言われた時にどうなったのか。
そのことを考えさせられる作品でした。講談社 アフタヌーンKCより発売されています。全11巻です。
BL(ボーイズラブ)要素があるので苦手な人はご注意ください。
おまけ 月に吠えたンねえ 清家雪子
こちらは続編なので5選からは外しましたが、+1として『月に吠えらんねぇ』の続編『月に吠えたンねえ』をご紹介します。
『月に吠えらんねぇ』を読んで世界観ができた方はぜひ続けて読んでみて欲しいです。
これは本編よりも文豪わちゃわちゃで楽しく読めます。講談社コミックプラスより発売されています。
今のところ2巻が発売されています。
本編で出てこなかったダダイズム詩人なども出てきて、爆発しています。
「 日 比 谷 」(萩原恭次郎)
まとめ
ここまで「文学好きに勧める文学・文豪系マンガ」を5作品+1で紹介してみました。
全然文学を知らない人へのきっかけというより、すでに文学について興味がある人向けで、いろいろ考えられたり幅が広がる作品だと思っています。
別の記事では「文学に馴染みがない方にもおすすめしたい文学系マンガ」を3作品紹介しています。
こちらもぜひご覧ください。
>> 文学に馴染みがない方にもおすすめしたい文学系マンガ3作品

