太宰治というと、この言葉を思い出しませんか?
これは太宰治の代表作『人間失格』の冒頭部分です。
この言葉を思い出して太宰治を『人間失格』から始める人も多いですが、最初から『人間失格』はちょっと重く感じるかもしれません。
短編から様子を見ることをオススメします!
この記事では太宰治で卒業論文を書いた私が、ちょっとだけ詳しいけれど難しすぎない目線で太宰治の「短編作品」の中から
読みやすくて面白い
を一番に考えて厳選した、10作品をご紹介します。
それぞれ無料で読めるAmazonと青空文庫のリンクをつけましたので、そちらもご利用ください。
また、文豪の作品の長さを読む前に確認できるサイト「ブンゴウサーチ」についてもご紹介しています。
- 読みやすくて面白い太宰治のおすすめ短編作品10選
- それらの作品の読了時間や冒頭部分
- 読む前に近代文学の作品の長さを知る事ができるサイト「ブンゴウサーチ」のご紹介
ちなみに、この機会に太宰治作品を買ってみたい、と思うかたはKindleの全集をどうぞ。
2022年8月6日現在、破格の200円です。
太宰治は著作権が切れているので無料でも1つ1つダウンロードできますが、全集ならKindleがスッキリします。
こちらは新潮が出している太宰治の導入書!
太宰治のおすすめ短編作品10選(無料で読めるリンクあり)
それでは早速、オススメ短編10選です。
読むために便利な基本情報の表と、その下に作品の冒頭部分もご紹介しています。
1. 恥
羞恥、羞恥、羞恥!
「菊子さん。恥をかいちゃったわよ。ひどい恥をかきました。…」
私だけがあなたの作品をわかってあげてる…
小説を読みながらこんな気分になることはありますよね?
特にその作家に一般受けしないような何かを感じてしまった場合には。
『恥』はある女性が推しの小説家に手紙を出す話です。
その後、やむにやまれぬ事情で、小説家に逢いに行きます。
それなのに…。
作家とファンの間にある虚構。
この恥ずかしさは、読んで体験してください…
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菊子さん。恥をかいちゃったわよ。ひどい恥をかきました。顔から火が出る、などの形容はなまぬるい。草原をころげ廻って、わあっと叫びたい、と言っても未だ足りない。サムエル後書にありました。「タマル、灰を其の首に蒙り、着たる振袖を裂き、手を首にのせて、呼わりつつ去ゆけり」可愛そうな妹タマル。わかい女は、恥ずかしくてどうにもならなくなった時には、本当に頭から灰でもかぶって泣いてみたい気持になるわねえ。タマルの気持がわかります。
菊子さん。やっぱり、あなたのおっしゃったとおりだったわ。小説家なんて、人の屑よ。いいえ、鬼です。ひどいんです。私は、大恥かいちゃった。菊子さん。私は今まであなたに秘密にしていたけれど、小説家の戸田さんに、こっそり手紙を出していたのよ。そうしてとうとう一度お目にかかって大恥かいてしまいました。つまらない。
はじめから、ぜんぶお話申しましょう。九月のはじめ、私は戸田さんへ、こんな手紙を差し上げました。たいへん気取って書いたのです。
「ごめん下さい。非常識と知りつつ、お手紙をしたためます。おそらく貴下の小説には、女の読者がひとりも無かった事と存じます。…
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2. チャンス
誰がお前のお兄さまなんかになってやるものか。話がちがうよ。
「人生はチャンスだ。結婚もチャンスだ。恋愛もチャンスだ。と、したり顔して教える苦労人が多いけれども、…」
恋愛は、チャンスではないと思う。私はそれを意志だと思う。by 太宰治
『チャンス』は太宰治の恋愛エッセイです。
前半は言葉にこだわる文豪らしく「恋愛」の定義、後半は自分の高等学校の時の「恋愛が始まらなかった話」などが描かれています。
チャンスだけでは恋愛は成立しません。どんなにきっかけがあってもそれを阻む「或る強固な意志」が働いたりします。
そしてこの作品で恋愛を阻んだ強固な意志とは?
それは目の前にあった〇焼き!
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人生はチャンスだ。結婚もチャンスだ。恋愛もチャンスだ。と、したり顔して教える苦労人が多いけれども、私は、そうでないと思う。私は別段、れいの唯物論的弁証法に媚びるわけではないが、少くとも恋愛は、チャンスでないと思う。私はそれを、意志だと思う。
しからば、恋愛とは何か。私は言う。それは非常に恥かしいものである。親子の間の愛情とか何とか、そんなものとはまるで違うものである。いま私の机の傍の辞苑をひらいて見たら、「恋愛」を次の如く定義していた。
「性的衝動に基づく男女間の愛情。すなわち、愛する異性と一体になろうとする特殊な性的愛。」
しかし、この定義はあいまいである。「愛する異性」とは、どんなものか。「愛する」という感情は、異性間に於いて、「恋愛」以前にまた別個に存在しているものなのであろうか。異性間に於いて恋愛でもなく「愛する」というのは、どんな感情だろう。すき。いとし。ほれる。おもう。したう。こがれる。まよう。へんになる。之等は皆、恋愛の感情ではないか。これらの感情と全く違って、異性間に於いて「愛する」というまた特別の感情があるのであろうか。よくキザな女が「恋愛抜きの愛情で行きましょうよ。あなたは、あたしのお兄さまになってね」などと言う事があるけれど、あれがつまり、それであろうか。しかし、私の経験に依れば、女があんな事を言う時には、たいてい男がふられているのだと解して間違い無いようである。「愛する」もクソもありやしない。お兄さまだなんてばからしい。誰がお前のお兄さまなんかになってやるものか。話がちがうよ。 …
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3. 畜犬談 —伊馬鵜平君に与える—
犬が恐い小説家が、犬を飼う
「私は、犬については自信がある。いつの日か、かならず喰いつかれるであろうという自信である。…」
犬に喰いつかれる自信
『畜犬談』は犬が恐い「私」が、犬の恐さ、そして万人が忘れてしまっているその凶暴性を重々しく語るところから始まる物語です。
太宰治の登場人物って変わった自信を持ってるんです。
この『畜犬談』の主人公は「いつの日か、犬に喰いつかれるであろう自信」だし、『富嶽百景』は「苦悩だけは経て来た自信」だし…。
基本的に「負の自信」なんですよね
犬(ポチ)のことが嫌なんですが、そこに自分も投影してしまう。
なにごとも、捨てきれないんです。
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私は、犬については自信がある。いつの日か、かならず喰いつかれるであろうという自信である。私は、きっと噛まれるにちがいない。自信があるのである。よくぞ、きょうまで喰いつかれもせず無事に過してきたものだと不思議な気さえしているのである。諸君、犬は猛獣である。馬を斃し、たまさかには獅子と戦ってさえこれを征服するとかいうではないか。さもありなんと私はひとり淋しく首肯しているのだ。あの犬の、鋭い牙を見るがよい。ただものではない。いまは、あのように街路で無心のふうを装い、とるに足らぬもののごとくみずから卑下して、芥箱を覗きまわったりなどしてみせているが、 …
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言葉が難しいと思った時は映像で
Amazon Primeに加入していれば、Prime Videoで太宰治の短編を映像化した、『太宰治短編小説集』を見ることができます。
「畜犬談」もあります!
ダンディかつ少し情けないおじさまの朗読+ノスタルジーみのある人形アニメでいい感じです。
その他のラインナップは「お伽草紙より カチカチ山」「トカトントン」「女生徒」「きりぎりす」「走れメロス」「グッド・バイ」。興味のある方はご覧ください。
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ちなみにこちらの記事では、太宰治の自信・格言・名言などについて書いています。
4. 新樹の言葉
甲府で乳兄弟に出会う小説家
「甲府は盆地である。四辺、皆、山である。小学生のころ、地理ではじめて、盆地という言葉に接して、訓導からさまざまに説明していただいたが…」
『新樹の言葉』は、「私」が甲府で乳兄弟に出会う作品です。
「乳兄弟」は、肉親ではないけれど同じ女の人のお乳で育った人のことを言います。
乳兄弟って今は聞かない習慣ですが、どことなく甘い感じがする言葉じゃないですか?
「兄弟」は生々しい争いが起こる時もありますが、「乳兄弟」にはそれがないです。
ことわざでいうと「同じ釜の飯を食う」みたいな…(ちょっと違う)
「乳兄弟」の持つ言葉イメージ通りに、なにか温かくて純粋な気持ちや、いったん赤ん坊のころに戻って新しくやり直す気持ちが感じられるお話です。前向きな太宰作品です。
\ここをタップ/して冒頭部分を見る
甲府は盆地である。四辺、皆、山である。小学生のころ、地理ではじめて、盆地という言葉に接して、訓導からさまざまに説明していただいたが、どうしても、その実景を、想像してみることができなかった。甲府へ来て見て、はじめて、なるほどと合点できた。大きい大きい沼を掻乾して、その沼の底に、畑を作り家を建てると、それが盆地だ。もっとも甲府盆地くらいの大きい盆地を創るには、周囲五、六十里もあるひろい湖水を掻乾しなければならぬ。
沼の底、なぞというと、甲府もなんだか陰気なまちのように思われるだろうが、事実は、派手に、小さく、活気のあるまちである。よく人は、甲府を、「擂鉢の底」と評しているが、当っていない。甲府は、もっとハイカラである。シルクハットを倒さまにして、その帽子の底に、小さい小さい旗を立てた、それが甲府だと思えば、間違いない。きれいに文化の、しみとおっているまちである。
早春のころに、私はここで、しばらく仕事をしていたことがある。雨の降る日に、傘もささずに銭湯へ出かけた。銭湯は、すぐ近いのである。途中、雨合羽着た郵便屋さんと、ふと顔を見合せ、
「あ、ちょいと。」郵便屋が、小声で私を呼びとめたのである。 …
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この『新樹の言葉』、私はかなり読書感想文向けの作品だと思ってます。
短くて読みやすいし、前向きです。
「乳兄弟」という今は無くなった習慣について調べて行数を稼ぐのもいいです。
それと、主人公と違うタイプの登場人物が出てくるので、
- 自分は登場人物のどちらのタイプに近いか。→そういう風に思う理由は?
- 現実の自分の兄弟や友達はどちらのタイプと思うか。→その人についてどう思う?
- その相手をみて思うこと・学べること
を、実際にあった出来事をからめながら書くと、文章として書きやすいと思いました。
もし、課題本の指定が無い場合は、参考にしてください。
5. 清貧譚
菊を愛する普通の男 才之助・菊を育てる天才 三郎
「以下に記すのは、かの聊斎志異の中の一篇である。原文は、千八百三十四字、之を私たちの普通用いている四百字詰の原稿用紙に書き写しても、わずかに四枚半くらいの、極く短い小片に過ぎないのであるが…」
ファンタジーはいかがでしょう?
この『清貧譚』は、中国の不思議小説『聊斎志異』の作品が元になっています。
それを太宰治が描き直すと、さらに人間の難しさが加わって行きます。
主人公の才之助は菊が大好きなんですが、育てる才能は名前に反して人並。
なので、菊を育てる才能にあふれる三郎に嫉妬します。
ところが三郎はそんなに才能があるのに、菊を育てることを才之助のようには大切に考えていないみたいです!
なんか登場人物の設定が身につまされます…
ファンタジーなんですけど、出てくる人間は現実的なんですよね…。そんな作品です。
\ここをタップ/して冒頭部分を見る
以下に記すのは、かの聊斎志異の中の一篇である。原文は、千八百三十四字、之を私たちの普通用ゐてゐる四百字詰の原稿用紙に書き写しても、わづかに四枚半くらゐの、極く短い小片に過ぎないのであるが、読んでゐるうちに様々の空想が湧いて出て、優に三十枚前後の好短篇を読了した時と同じくらゐの満酌の感を覚えるのである。私は、この四枚半の小片にまつはる私の様々の空想を、そのまま書いてみたいのである。このやうな仕草が果して創作の本道かどうか、それには議論もある事であらうが、聊斎志異の中の物語は、文学の古典といふよりは、故土の口碑に近いものだと私は思つてゐるので、その古い物語を骨子として、二十世紀の日本の作家が、不逞の空想を案配し、かねて自己の感懐を託し以て創作也と読者にすすめても、あながち深い罪にはなるまいと考へられる。私の新体制も、ロマンチシズムの発掘以外には無いやうだ。
むかし江戸、向島あたりに馬山才之助といふ、つまらない名前の男が住んでゐた。ひどく貧乏である。三十二歳、独身である。菊の花が好きであつた。佳い菊の苗が、どこかに在ると聞けば、どのやうな無理算段をしても、必ず之を買ひ求め …
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6. 駈込み訴え
私の師である酷い「あの人」を訴えに来た男の口述
「申し上げます。申し上げます。旦那さま。あの人は、酷い。酷い。はい。厭な奴です。悪い人です。ああ。我慢ならない。生かして置けねえ。…」
『駈込み訴え』は、ネットで「狂う程好き」「爆エモ」「クソデカ感情」と評判の作品です。
2021年のボーカロイドの楽曲で『ロウワー』という作品があります。
これも駈込み訴えが作品イメージの一つと言われています。春の海辺のシーンは駈込み訴えのものなので、たぶん間違いないと思います。
感情が揺さぶられると人気の『駈込み訴え』ですが、実は成立過程もすごいです。
全編「口述筆記」なんです!
太宰治が話したことを、奥さまが書き記すという形です。
しかも太宰治は一回も言いよどんだりしませんでした。
その時の様子は、奥さまである津島美知子さんの『回想の太宰治』という本に書かれています。
奥様が執筆した太宰治本!
「駈込み訴え」の筆記をしたときが一番記憶に強く残っている。(略)太宰は炬燵に当たって、盃をふくみながら全文、蚕が糸を吐くように口述し、淀みもなく、言い直しもなかった。ふだんと打って変わったきびしい彼の表情に威圧されて、私はただ機械的にペンを動かすだけだった。
津島美知子『回想の太宰治』(講談社文芸文庫)
太宰治のすごさを感じて下さい!
※もし、最後まで読んで意味がわからなかったら、最後に出て来た人物についてWikipediaなどで見てみるといいと思います。
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申し上げます。申し上げます。旦那さま。あの人は、酷い。酷い。はい。厭な奴です。悪い人です。ああ。我慢ならない。生かして置けねえ。
はい、はい。落ちついて申し上げます。あの人を、生かして置いてはなりません。世の中の仇です。はい、何もかも、すっかり、全部、申し上げます。私は、あの人の居所を知っています。すぐに御案内申します。ずたずたに切りさいなんで、殺して下さい。あの人は、私の師です。主です。けれども私と同じ年です。三十四であります。私は、あの人よりたった二月おそく生れただけなのです。たいした違いが無い筈だ。人と人との間に、そんなにひどい差別は無い筈だ。それなのに私はきょう迄あの人に、どれほど意地悪くこき使われて来たことか。どんなに嘲弄されて来たことか。ああ、もう、いやだ。堪えられるところ迄は、堪えて来たのだ。怒る時に怒らなければ、人間の甲斐がありません。私は今まであの人を、どんなにこっそり庇ってあげたか。誰も、ご存じ無いのです。あの人ご自身だって、それに気がついていないのだ。いや、あの人は知っているのだ。ちゃんと知っています。 …
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このブログでは『駈込み訴え』の作品考察もしています。
興味がある場合はこちらからどうぞ。
7. 皮膚と心
全身に吹き出物ができた二十八歳の女性の狼狽
「ぷつッと、ひとつ小豆粒に似た吹出物が、左の乳房の下に見つかり、よく見ると、その吹出物のまわりにも、ぱらぱら…」
太宰治は女性が独白する小説「女性語り」に定評がある作家です。
その中の一つ、『皮膚と心』をご紹介します。
こちらは私が一番好きな太宰治の小説です!
皮膚の病気にかかってしまった女性の気持ちを描いています。月並みですが、「なんで男性がこの気持ちを描けるの…」と心から感心してしまう作品です。
そして、この作品は、「完全ハッピーエンド」なんです!
近代文学ってハッピーエンドが無いと思いませんか?
辛いけど本人たちはきっと幸せ、とかどこか暗い影があることが多いですが、この作品はそんなことありません。
だから、安心して読んでいただきたいです。
\ここをタップ/して冒頭部分を見る
ぷつッと、ひとつ小豆粒に似た吹出物が、左の乳房の下に見つかり、よく見ると、その吹出物のまわりにも、ぱらぱら小さい赤い吹出物が霧を噴きかけられたように一面に散点していて、けれども、そのときは、痒くもなんともありませんでした。憎い気がして、お風呂で、お乳の下をタオルできゅっきゅっと皮のすりむけるほど、こすりました。それが、いけなかったようでした。家へ帰って鏡台のまえに坐り、胸をひろげて、鏡に写してみると、気味わるうございました。銭湯から私の家まで、歩いて五分もかかりませぬし、ちょっとその間に、お乳の下から腹にかけて手のひら二つぶんのひろさでもって、真赤に熟れて苺みたいになっているので、私は地獄絵を見たような気がして、すっとあたりが暗くなりました。そのときから、私は、いままでの私でなくなりました。自分を、人のような気がしなくなりました。気が遠くなる、というのは、こんな状態を言うのでしょうか。私は永いこと、ぼんやり坐って居りました。暗灰色の入道雲が、もくもく私のぐるりを取り囲んでいて、 …
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8. 饗応夫人
お客が来ると、泣くような笑うような笛の音に似た不思議な声を挙げ、迎え入れてしまう奥さま
「奥さまは、もとからお客に何かと世話を焼き、ごちそうするのが好きなほうでしたが、いいえ、でも、奥さまの場合、お客をすきというよりは、…」
さらにもう一つ女性語りの作品『饗応夫人』をご紹介します。
人をおもてなしし過ぎる奥さまの物語です。
こちらは私としては、哀しいお話だと思います。
けれど人によって、感想がちがうかもしれません。
奥さまが人を迎える声は「泣くような笑うような不思議な声」をしています。
この物語を読むと、私も「泣いていいんだか笑っていいんだか」という気持ちになります。
笑えないコントっていうのはこういうのをいうのかな~と思ったりします
人の持つそれぞれの共感力の差は、人を哀しくさせていると思いました。
私は、笑い:泣き=2:8だと思います。(感じ方の割合には個人差があります)
\ここをタップ/して冒頭部分を見る
奥さまは、もとからお客に何かと世話を焼き、ごちそうするのが好きなほうでしたが、いいえ、でも、奥さまの場合、お客をすきというよりは、お客におびえている、とでも言いたいくらいで、玄関のベルが鳴り、まず私が取次ぎに出まして、それからお客のお名前を告げに奥さまのお部屋へまいりますと、奥さまはもう既に、鷲の羽音を聞いて飛び立つ一瞬前の小鳥のような感じの異様に緊張の顔つきをしていらして、おくれ毛を掻き上げ襟もとを直し腰を浮かせて私の話を半分も聞かぬうちに立って廊下に出て小走りに走って、玄関に行き、たちまち、泣くような笑うような笛の音に似た不思議な声を挙げてお客を迎え、それからはもう錯乱したひとみたいに眼つきをかえて、客間とお勝手のあいだを走り狂い、お鍋をひっくりかえしたりお皿をわったり、すみませんねえ、すみませんねえ、と女中の私におわびを言い、そうしてお客のお帰りになった後は、呆然として客間にひとりでぐったり横坐りに坐ったまま、…
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9. 女生徒
女生徒の五月一日の、朝起きてから寝るまでの生活を綴った作品
「あさ、眼をさますときの気持は、面白い。かくれんぼのとき…」
この10選の中では少し長いですが、『女生徒』を紹介します。
こちらの作品は、『雪国』や『伊豆の踊子』の作者・川端康成が大絶賛した作品です。
『女生徒』のような作品に出会えることは、時評家の偶然の幸運なのである。そのために讃辞が或いは多少の誇張にわたるのは、文学を愛する者の当然の心得である
この作品は、実際の19歳の女性の日記を元にして作られています。
ですので読むとわかると思いますが、ずらずらと続く独特の文章の中に、
- 青春時代の中途半端なやるせなさ
- 気持ちのくるくる動く感じ
- 感受性の高さ
がそのまま入り込んでいるような感じを受けます。
本日6/19は桜桃忌🍒太宰治の誕生日でもあります。
— ジュンク堂書店 南船橋店 (@junk_minafuna) June 19, 2022
女性の告白体小説を集めた『女生徒』(角川文庫)は読みやすくおすすめです。 pic.twitter.com/qUcSBN8xXZ
大人ももちろん楽しめますが、この感情を身近に感じられる学生の時にいいですよね
\ここをタップ/して冒頭部分を見る
あさ、眼をさますときの気持は、面白い。かくれんぼのとき、押入れの真っ暗い中に、じっと、しゃがんで隠れていて、突然、でこちゃんに、がらっと襖をあけられ、日の光がどっと来て、でこちゃんに、「見つけた!」と大声で言われて、まぶしさ、それから、へんな間の悪さ、それから、胸がどきどきして、着物のまえを合せたりして、ちょっと、てれくさく、押入れから出て来て、急にむかむか腹立たしく、あの感じ、いや、ちがう、あの感じでもない、なんだか、もっとやりきれない。箱をあけると、その中に、また小さい箱があって、その小さい箱をあけると、またその中に、もっと小さい箱があって、そいつをあけると、また、また、小さい箱があって、その小さい箱をあけると、また箱があって、そうして、七つも、八つも、あけていって、とうとうおしまいに、さいころくらいの小さい箱が出て来て、そいつをそっとあけてみて、何もない、からっぽ、あの感じ、少し近い。パチッと眼がさめるなんて、あれは嘘だ。濁って濁って、そのうちに、だんだん澱粉が下に沈み、少しずつ上澄が出来て、やっと疲れて眼がさめる。朝は、なんだか、しらじらしい。…
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ちなみにこのブログでは『女生徒』の考察もしています。
もし、興味がある場合はこちらからどうぞ。
10. 走れメロス
単純なメロスと老成した王の信実
「メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。メロスには政治がわからぬ。…」
最後の10作品目は、国民的作品といえる『走れメロス』を選んでみました。
中学時代に『走れメロス』を習った時に面白かったですか?
実は、私は全然記憶がありません。
いったい授業で何をしている学生だったのか…
ただ、メロスは全国民的・誰もが一度は通って来た小説だと思います。
それをもう一度読んで、今の自分がどう思うか考えてみるのはどうでしょう。
小説は読む年齢で思う事が違う、ということに気づくかもしれないです
\ここをタップ/して冒頭部分を見る
メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。メロスには政治がわからぬ。メロスは、村の牧人である。笛を吹き、羊と遊んで暮して来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。きょう未明メロスは村を出発し、野を越え山越え、十里はなれた此のシラクスの市にやって来た。メロスには父も、母も無い。女房も無い。十六の、内気な妹と二人暮しだ。この妹は、村の或る律気な一牧人を、近々、花婿として迎える事になっていた。結婚式も間近かなのである。メロスは、それゆえ、花嫁の衣裳やら祝宴の御馳走やらを買いに、はるばる市にやって来たのだ。先ず、その品々を買い集め、それから都の大路をぶらぶら歩いた。メロスには竹馬の友があった。セリヌンティウスである。今は此のシラクスの市で、石工をしている。その友を、これから訪ねてみるつもりなのだ。久しく逢わなかったのだから、訪ねて行くのが楽しみである。歩いているうちにメロスは、まちの様子を怪しく思った。ひっそりしている。もう既に日も落ちて、まちの暗いのは当りまえだが、けれども、なんだか、夜のせいばかりでは無く、市全体が、やけに寂しい。のんきなメロスも、だんだん不安になって来た。路で逢った若い衆をつかまえて、何かあったのか、二年まえに此の市に来たときは、夜でも皆が歌をうたって、まちは賑やかであった筈だが、と質問した。若い衆は、首を振って答えなかった。しばらく歩いて老爺に逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。老爺は答えなかった。メロスは両手で老爺のからだをゆすぶって質問を重ねた。老爺は、あたりをはばかる低声で、わずか答えた。
「王様は、人を殺します。」 …
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授業の記憶がない私ですが、今は『走れメロス』をとても深い小説だと思っています。
こちらではメロスと王について、それぞれ \がっつり/ の考察をしています。
考え方の一つとして、興味のあるかたはどうぞ。
まとめ
「太宰治のおすすめ短編作品」を10作品、厳選してご紹介しました。
10作品のタイトルと無料リンク先を最後にまとめて、表でお知らせします。
この機会にKindle アプリをダウンロードする場合はこちらから
紹介に載せたAmazonの無料リンクは、Kindleアプリをスマホに入れることで使えるようになります。
アプリを使えば、その他にもAmazonにたくさんある近代文学の無料本も、縦書きで本と同じ感覚で読むことができます。
無料本はいろいろあるので、導入もオススメです
作品名 | Kindleへのリンク | 青空文庫へのリンク | 選者の一言 |
---|---|---|---|
恥 | Kindleへ | 青空文庫へ | 小説家は悪魔だ! |
チャンス | Kindleへ | 青空文庫へ | 太宰治の恋愛エッセイ |
畜犬談 | Kindleへ | 青空文庫へ | 犬怖い。 |
新樹の言葉 | Kindleへ | 青空文庫へ | 甲府で乳兄弟と出会う |
清貧譚 | Kindleへ | 青空文庫へ | 菊ファンタジー |
駈込み訴え | Kindleへ | 青空文庫へ | あの人へのクソデカ感情 |
皮膚と心 | Kindleへ | 青空文庫へ | 純文学でハッピーエンド! |
饗応夫人 | Kindleへ | 青空文庫へ | それでいいのかな……? |
女生徒 | Kindleへ | 青空文庫へ | 青春って大変 |
走れメロス | Kindleへ | 青空文庫へ | 語り手って誰? |
Kindleの全集はこちらです
また、講談社文芸文庫では、「作家が選ぶ太宰治」シリーズとして、3冊の本が出ています。
それぞれの表紙に作家のお名前と選んだ作品が載っているので、この中に好きな作家さんがいるかたは、この本で読むのもいいかもしれません。
作品の前に10行ぐらい作家のかたの解説が入り、その後本編に続くという形式になっています。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
太宰治の記事まとめはこちら!