志賀直哉は1883年〈明治16年〉生まれ。「理想主義、人道主義、個人主義」を掲げる白樺派の一人です。
代表作は『暗夜行路』『小僧の神様』『城の崎にて』など。
簡潔で過不足のないすっきりとした文体が特徴で、「小説の神様」とも呼ばれています。
太宰治は1909年(明治42年)生まれ。代表作は『走れメロス』『斜陽』『人間失格』など。
自殺未遂を繰り返し、最後は愛人の山崎富栄と入水し、亡くなっています。行動面としては問題が多い彼ですが、それらの作品は現代でも人気が高く、長く読み続けられています。
年齢は26歳差。2人は直接会ったことがありません。
それにもかかわらず2人の仲の悪さは有名で、文豪エンタメ作品などでネタにされたりします。
今回は志賀直哉と太宰治の間の出来事が知りたい人のために、『如是我聞』周辺の出来事と、2人の性格がわかるエピソードについてご紹介します。
- 実際に志賀直哉と太宰治の間でなにが起こったのか
- 2人の性格がわかるエピソード
- 志賀直哉の逸話
\志賀直哉のイラストが似てないことはご容赦ください/
太宰治と志賀直哉の衝突 『如是我聞』と周辺のできごと
2人の仲の悪さ、それがはっきりでているのが太宰治最晩年の1948年の連載『如是我聞』です。
この作品で、太宰治は老大家、特に志賀直哉のことを名指しで批判しています。
どだい、この作家などは、思索が粗雑だし、教養はなし
この『如是我聞』は、
或る雑誌の座談会の速記録を読んでいたら、志賀直哉というのが、妙に私の悪口を言っていたので、さすがにむっとなり、…
太宰治『如是我聞』連載第四回より
と文中にもあるように、連載途中でのリアルタイムの状況が、太宰の批判をヒートアップさせた面があります。
まずは、『如是我聞』当時、太宰と志賀の間に何があったかをまとめてみます。
『如是我聞』の中身については、こちらの記事でも考察しています。
太宰治『如是我聞』考察|ただの怒りじゃない?薄くもろい電球を抱える太宰
志賀直哉の評価がきっかけで太宰治が激怒『如是我聞』
戦後、太宰治は『斜陽』のヒットで流行作家となっていました。
志賀直哉は、雑誌の「現代文学を語る」という座談会で、司会者に流行の太宰の小説についてどう思うかを尋ねられます。
すると志賀は、
僕は嫌いだ、とぼけて居るね、あのポーズが好きになれない
と答えました。
これを読んだ太宰は、雑誌「新潮」の連載『如是我聞』の第1回に、「或る老大家」を登場させます。
或る「老大家」は、私の作品をとぼけていていやだと言っているそうだが、その「老大家」の作品は、何だ。正直を誇っているのか。何を誇っているのか。その「老大家」は、たいへん男振りが自慢らしく、いつかその人の選集を開いてみたら、ものの見事に横顔のお写真、しかもいささかも照れていない。まるで無神経な人だと思った。
太宰治『如是我聞』連載第一回より
名前は出していませんが、この老大家は間違いなく志賀直哉です。
太宰のこの言葉を人づてに聞いた志賀直哉は、いい気分ではありません。
そんな感情も含めて、別の座談会で志賀は太宰作品に対して、
『犯人』は落ちがわかって実につまらない。
『斜陽』は大衆小説の蕪雑さがある
『斜陽』貴族の娘が山だしの女中のような言葉を使う。
作者には弱気から来る照れ隠しのポーズがある。
と、二度に渡り発言しました。
これを読んだ太宰は、『如是我聞』の第3回・第4回で、今度は名指しで志賀直哉にぶち切れます。
『如是我聞』は、連載第4回で終了しました。
それは、太宰治が連載完結前の1948年6月に入水自殺してしまったからです。
これが、志賀直哉と太宰治の当時の衝突の流れです。
太宰はその前から志賀にちょっかいを出していた
人の作品にそんなこと言うなんて、志賀直哉ひどくない?
イヤ太宰ノコトバモヒドイケド
当時は、このような書評的な座談会はよくありました。
そして「小説の神様」である志賀直哉はそのような場に呼ばれることも多く、意見を求められることが自体が多かったのです。
それに実は太宰治のほうこそ、この騒動の前から、自分の作品で志賀作品にちょっかいを出してます
『如是我聞』の4年前、1944年(昭和19年)に『津軽』という作品が描かれています。
自伝ともいうべきこの小説の中で、太宰は「神様」と言われる50代の作家を登場させて、
- エゲツナイ
- ケチな小市民の意味も無く気取った一喜一憂
- みみっちい
と、こちらでもひどい評価をしています。
ただ、ストーリーが進み、実際にその人の本を読んだすぐ後に感想を言う場面では
- アラがない
- いい文章
- 「いま読んだところは、少しよかつた。しかし、他の作品には悪いところもある。」と負け惜しみ
などと、こき下ろしができなくなっています。
このような『津軽』での感想から考えると、太宰治にとって志賀直哉は
なにか気に喰わないんだけど、文章が上手すぎる小説家
という存在だったのかもしれません。
根本的に合わない性格 志賀直哉と太宰治
なんで太宰はそんなに志賀に突っかかるんだろう
『如是我聞』では志賀直哉の言葉にかなりヒートアップしましたが、太宰は『津軽』を考えると、小説家としての志賀直哉の言葉の巧みさは認めていた気がします。
だからこの2人は「小説家」としてよりも、別の部分が合わないんではないでしょうか。
ここからはそれぞれの性格を見ていきます
率直さを大事にする志賀直哉流
これは、志賀直哉が亡くなる前の年に、親友の小説家・武者小路実篤が志賀直哉に送った手紙です。
直哉兄
志賀が亡くなる前年、実篤が送った手紙(石井千湖『文豪たちの友情 3.志賀直哉と武者小路実篤』より引用)
この世に生きて君とあい
君と一緒に仕事した
君も僕も独立人
自分の書きたいことを書いて来た
何年たつても君は君僕は僕
よき友達持って正直にものを言う
実にたのしい二人は友達
昭和四十五年十一月十五日
ここで注目したいのは「正直にものを言う」の部分です。
太宰治をちょっと問題のある作家と思っている人は多いですが、志賀直哉もなかなか、え、と思うようなことを言うときがあります。
例えば志賀直哉は戦後、『国語問題』という随筆でこのように言っています。
私はこの際、日本は思い切って世界中で一番いい言語、一番美しい言語をとって、そのまま、国語に採用してはどうかと考えている。それにはフランス語が最もいいのではないかと思う。
志賀直哉『国語問題』(1946年・雑誌「改造」) 引用は岩波文庫「志賀直哉随筆集」より
ちなみに志賀直哉はフランス語が話せません
また、奈良についてこう語っています。
食いものはうまい物のない所だ
志賀直哉『奈良』(1938年)引用は岩波文庫「志賀直哉随筆集」より
引っ越し魔の志賀直哉が、気に入って長く住んでる土地なのに、忖度しなくていいのかな…
※志賀直哉は引っ越しを生涯で20回以上しています。
志賀直哉は、その時に思ったことをはっきりと言うタイプです。
また、そういう付き合いが出来る人を好みます。
『叔父直方』という随筆では、怒りっぽく喧嘩っ早い4歳年上の叔父に対して、
負けずに執拗に食い下がって議論するとその後は気持がいい!
と、さわやかスポーツ勝負のようなことを言っています(実際、志賀直哉はスポーツマンです)
率直なぶつかり合い、その時に喧嘩になっても負けない、というのが志賀直哉の好む人間関係です。
率直さよりも演出を好む太宰治流
一方の太宰治は、奥様によると次のような人です。
針でさされたのを、鉄棒でなぐられたと感ずる人
津島美知子『回想の太宰治』より
太宰治は率直な言葉よりも、優しい柔らかな言葉を好みます。
太宰は皮をむかれて赤裸の因幡の白兎のような人で、できればいつも蒲の穂綿のような、ほかほかの言葉に包まれていたいのである。結婚直後、「かげで舌を出してもよいから、うわべはいい顔を見せてくれ」と言われて、啞然とした。
津島美知子『回想の太宰治』より
▲やっぱりいちばん身近な奥さんが書いた本はおもしろい…
太宰治自身も率直さについて、『渡り鳥』という小説でこう言っています。
馬鹿者はね、ふざける事は真面目でないと信じているんです。また、洒落は返答でないと思ってるらしい。そうして、いやに卒直なんて態度を要求する。しかし、卒直なんてものはね、他人にさながら神経のないもののように振舞う事です。他人の神経をみとめない。だからですね、余りに感受性の強い人間は、他人の苦痛がわかるので、容易に卒直になれない。卒直なんてのは、これは、暴力ですよ。だから僕は、老大家たちが好きになれないんだ。
太宰治『渡り鳥』 青空文庫ではこちら
率直で飾り気のない言葉は、太宰にとっては何が出てくるかわからない鉄の棒です。
そのような演出のない言葉は自分を傷つけ、他人も傷つけると太宰は感じています。
性格的に合わない志賀と太宰
率直に言うことを好む志賀直哉と、あたたかいほかほかの言葉を好む太宰治。
ここを並べるだけでも2人は、まず合いません。
その予言とも言えるエピソードがあります。
志賀直哉が学生の時の出来事です。
志賀少年は授業中、口に唾がいっぱい溜まりました。
そこで無言で立ち上がり、教壇の方に向かって歩いていき、窓から唾を吐きます。
教壇に寄ってきたので、何か用があるのか? と思い見守っていた先生はこの振る舞いに激怒。
その烈しい怒りは志賀少年を逆に驚かせました。
(この唾については現代だとさらに引きまくってしまう出来事だと思うけれど、この時代は廊下に「痰壺」というものが置かれていた時代なので少しだけは差し引いて…)
その2~3日後に志賀少年は先生に「ああいう事をすると、後まで憎む先生があるから、これからはやらんようにしないといけないよ」と言われます。
志賀直哉はその後、確かに憎む先生があったと振り返っています。そして
そういう教師は大体女性的で、性格的に弱い人だったように思う。男性的な気の強い先生には、怒られもしたが、私は好意を持たれていたように思う。
志賀直哉『山荘雑話』より「山上万次郎先生」 引用は岩波文庫「志賀直哉随筆集」より
と感じています。
…何か感じませんか?
太宰治と言えば女性語りに定評があり、師匠である佐藤春夫は太宰のことを、「太宰は北国人で女性的で意識過剰」と言っています。
女性的・男性的という仕分けは現代ではよくないかもしれませんが、太宰治はまさにこの「志賀直哉・憎まれるケース」にぴったりです。
気の強い人には好意を持たれ、性格が弱い人には憎まれがちな志賀直哉。
志賀直哉の率直な性格と言葉は、性格的に弱い太宰治にとってはキツイ。
志賀直哉は特に意識せず行動し、いつの間にか太宰治に嫌われている…。
この志賀直哉の学生時代の感想は、その後の志賀直哉と太宰治の衝突の予言になっていると思いました。
2人が最も合わない部分は、率直さに対するこのスタンスの違いです。
まとめ&2人の関係から考えたいこと
ここまで志賀直哉と太宰治の衝突の原因を「率直さに対するスタンスの違い」から考えて、志賀直哉の率直な性格と言葉は、性格的に弱い太宰治にとってはキツかったのでは、と考えてみました。
なんか太宰治の弱さが理解できてしまう
けれどここでは逆に、志賀直哉の強さについて考えてみます。
現代人にとって必要なのは志賀直哉かもしれないです。
太宰治が志賀直哉の名前を出して書いた『如是我聞』ですが、実は志賀自身は全部は読んでいません。
志賀は、
悪意のありそうな手紙や批評は、私にとっては無益有害な事だから先は読まない
というスタンスをとっているからです。(太宰の場合は死が関わるので少し気にしています)
これはまさに、「スルー力」
他にも『山荘雑話』という随筆の「清水澄先生」という項目では、自分の知り合いの先生が自死した場所を眺める時に
私はそれを望み、たまに清水さんを憶う事もあるが、それで殊更感慨に耽るというような事はしない事にしている。
と言っています。
自分自身の感情を素直に出しながら、さらに自分の心を乱さないように受け取りのコントロールをしています。
あれこれ無駄に考えてしまうこと、多いですよね…。そういう人は頭の隅に置いておいたほうがいい考え方かもしれないです。
志賀直哉から学ぶ自分への素直さ&スルー力
志賀直哉エピソード集
最後に志賀直哉エピソードをご紹介します
- 1913年 山手線に後ろから跳ねられて、頭蓋骨が見えるほどの重傷を負う。驚異の回復力で12日間で退院。
- 裕福な家庭に育った志賀直哉。13歳の時、160円のデイトンの自転車を祖父に買って貰う。
当時は10円あれば1人1か月の生活費になった時代なので、今なら250万円ぐらい?
買ってもらうまで祖父につきまとって、4日後に買ってくれたそう。
本人は、「すぐに買ってくれないのは私を甘やかさないために故意にそうしていたのだろう」と考えている。
十分甘い。うらやましい。
- 芥川龍之介が小説が書けなくなった時に、数年間なにも書かなかった時期がある志賀直哉に「どうしたら書けるか」を相談してみたことがある。
志賀が「書きたくなるまで1、2年書かなくてもいいのでは」と言うと、芥川は「そういう結構なご身分ではないので…」と答えた。
芥川龍之介もやっぱり志賀の財力がうらやましかったにちがいない…
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ここまで読んでいただきありがとうございました!
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