川端康成の『心中』は短篇集「掌の小説」の中の1篇です。
文字数は800字程度、原稿用紙にすると3枚の作品です。
文庫本では、見開きでたったの2ページ。
でもその短さにかかわらず、内容はとても衝撃的です。
川端康成の「心中」ヤバすぎるだろ。
— 岸波龍/機械書房 (@kishinami8) May 4, 2023
ちなみに作家の星新一は知っていますか?
生涯で1001篇以上ものショートショートを書き、「ショートショートの神様」と言われるSF作家です。
星新一の『ボッコちゃん』は2022年にドラマ化されました
その星新一が川端康成の『心中』について
『心中』に魅入られて
というタイトルで文章を書いています。
友人の都筑道夫氏は異常な短編を読むたびに「うまれつきなさけ容赦もなく人間ばなれした性格か、いっぺん気が狂うしかしないとこのような凄絶な作品は書けないのではないか」とつぶやくそうだが、「心中」から受けた私の印象はそれ以上。二回や三回狂ってみたって、とても書けない。
星新一「『心中』に魅入られて」(『川端康成全集第6巻』第7回月報 新潮社、1969年)
この作品に恐れ入った!という感想
『心中』は、読了後「これってどういうことなんだろう」と頭の中がぐるぐるして止まらなくなってしまう作品です。
この記事では『心中』を読み終わって、私と同じように「この作品はどういう意味なんだ!」となってしまった方に向けて、
- 作者 川端康成の言葉
- さまざまな「なぜ」の考察
- 作中の「娘」から見た実際の出来事はこうだった?
など、自分の考えをまとめたのでご紹介します。
『心中』は作品の本文が短く、考察としては裏付けが少ないですが、解釈の1つとして参考にしてください。
このブログは、実際の小説の本文と照らし合わせをしつつ、個人的な考察をしています。
オチを語ってしまうネタバレになりますのでご注意ください。
川端康成『心中』は、著作権の都合で青空文庫では読めません!
ですが…
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川端康成『心中』基本情報
作者について
川端康成
1899年(明治32年)6月14日生~1972年(昭和47年)4月16日没
代表作は『伊豆の踊子』『雪国』など。
1968年に日本人初のノーベル文学賞を受賞しました。
『心中』概要
作 者 | 川端康成 |
発表年 | 1926年(大正15年)4月 |
初出誌 | 雑誌『文藝春秋』 |
テーマ | 届かない愛の悲しさ |
『心中』登場人物
- 彼女……夫のから受け取った手紙に従い、子供に音を出させないようにする。
- 夫……「俺の心臓を守るために、子供に音を出させるな」と彼女に遠くから手紙を出す
- 娘…二人の娘。9歳。
この考察記事はぜひ1回『心中』本編を読んだ後に見て欲しいです!
本編を読んでこの衝撃をいったん感じてほしい!
考察するのは楽しいけれど、考察なんて必要ないんじゃないかと思う衝撃です。
川端康成は青空文庫には登録されていないので、作品はこちらになります。
ノーベル賞作家のショートショートが122編も読めて良いですよ。
川端康成『心中』が含まれる作品集はこちら!
\注:ガッツリ考察なので本文が長いです/
川端康成『心中』のあらすじ
彼女を嫌って遠くに逃げた夫から二年ぶりに手紙が来た。
(子供にゴム毬をつかせるな)
(子供を靴で学校に通わせるな)
(子供に瀬戸物の茶碗で飯を食わせるな)
その音が夫の心臓を破ると言う。
彼女がその通りにすると、娘は「かあさん、かあさん、かあさん」と泣いた。
彼女は娘の持ってきた茶碗を庭石の上に投げた。
この音は夫の心臓が破れる音では。
また夫から手紙が来た。
(お前たちは一切の音を立てるな。呼吸もするな)
「お前達、お前達、お前達よ」彼女は涙を流した。
そして母と娘は死んだ。
不思議なことに、彼女の夫も枕を並べて死んでいた。
『心中』川端康成自身の解説
ちなみに『心中』は作者が気に入っている作品のようです
『心中』について、川端康成自身は随筆『獨影自命』の中で、短く解説しています。
「心中」はこれで愛の悲しさを突いたつもりであった。
「心中」、「龍宮の乙姫」、「霊柩車」、「屋上の金魚」、「女」、「盲目と少女」その他には、神秘的なものが匂ふ。私は神秘主義者でも心霊主義者でもなかったが、精神の一つの見方としてこのような方法を取った。精神ばかりではなく、現実をもこのような方法で見ることもあった。
「神秘的なものが匂ふ」の解説を元に「『心中』は神秘的作品だから理屈がわからなくて当然」という考えもありますが…
個人的にはこの解説は、
一見神秘的に見えるけれど、精神の一つの見方として説明が付く
ということを、言っているのではと思いました。
なので、「不可解」「わからない」ではない解釈をこのブログではしていきます。
考察の前に 「なぜ」の分類 問題点・疑問点の整理
それでは、『心中』をわかるようにするために、逆に作品内のわからない部分=「なぜ」をまとめていきます。
ここでは「なぜ」を
・彼女の心情をめぐる「なぜ」
・物理的な「なぜ」
・小説として感じる「なぜ」
に分け、分類していきました。
彼女の心情をめぐる「なぜ」
- なぜ彼女は夫の言うとおりにするのか
- なぜ音を立てないようにしていた彼女が茶碗を投げたのか
- なぜ彼女は死んだのか
彼女の行動の「なぜ」です。
彼女の行動の変化から、彼女の心理を見て、ストーリーの流れを追います。
物理的な「なぜ」
- なぜ遠くにいた夫が枕を並べて死んでいるのか
- そもそも、なぜ遠くにいる夫に音が聞こえるのか
物理的な「なぜ」です。
この「なぜ」が『心中』をわからなくさせてしまう、一番の理由になっています。
小説として感じる「なぜ」
そういう設定の小説なのねと読んでしまうけれど…
- なぜタイトルが「心中」なのか
- なぜ夫の心臓の音をここまで重要視するのか
小説として感じる「なぜ」です。
タイトルの「心中」の意味はなんでしょうか。
「最後3人で亡くなっているから」とは言えますが、それだけではないと思います。
そして、なぜこの小説は夫の心臓の音にこんなにフォーカスしているんでしょうか。
川端康成『心中』「なぜ」の考察
ここから、先ほど整理した、
- 彼女の心情をめぐる「なぜ」
- 物理的な「なぜ」
- 小説として感じる「なぜ」
を順に考察していきます。
彼女の心情の「なぜ」を考察 彼女の葛藤と死に至る経緯
まずは、彼女の心情をめぐる「なぜ」です。
ここがストーリーになっています。
- なぜ彼女は夫の言うとおりにするのか
- なぜ音を立てないようにしていた彼女が茶碗を投げたのか
- なぜ彼女は死んだのか
この流れからは、彼女の夫に対する愛と葛藤が感じとれます。
①彼女が夫の言うとおりにする理由
彼女を嫌って逃げた夫から手紙が来た。二年ぶりで遠い土地からだ。
川端康成『心中』 より
(子供にゴム毬をつかせるな。その音が聞えて来るのだ。その音が俺の心臓を叩くのだ。)
彼女は九つになる娘からゴム毬を取り上げた。
※以下、特に記述がない引用は『心中』本編の引用です。
『心中』における妻=彼女は夫の無茶な理屈に従います。
自分を嫌って逃げ、ちょっとおかしな理由で、しかも夫は遠くにいるにもかかわらずです。
ここから「彼女が夫をまだ愛している」ということがわかります。
遠く離れていると思っているのだから、その理由以外に無理に夫の言葉に従う必要がありません。
そして、彼女は子どもに無理までさせています。
彼女の夫に対する愛情は、子どもに対する想いよりも強く深いこともわかります。
・彼女は夫を愛しているために、夫の言葉に従い、音を出さないようにしている
・彼女の気持ちは、子どもよりも夫に向いている
②なぜ音を立てないようにしていた彼女が茶碗を投げたのか、の理由
彼女は夫を愛していたので、夫の言葉通り音を出さないようにしています。
けれど、夫から届いた3度に渡る、
子供に音を立てさせるな。その音が私に響く。
という内容の手紙が彼女を揺らがせました。
上田真氏は「詩魂の源流:掌の小説」で「子供に対する彼女の嫉妬」を指摘し、次のような考察をしています。
子供のたてる音は夫に届くのに、彼女の立てる音は夫には聞こえないのである。そこに彼女のフラストレーションがある。子供の茶碗を割り、自分の茶碗を割り、食卓を庭に突きとばすのは、内に秘められた嫉妬の爆発であろう。
上田真「心中」(「詩魂の源流 掌の小説 川端康成研究叢書2」、教育出版センター、1977年)
夫の手紙は「子供の音」に対するものばかりで、彼女については何もかかれていません。
これは夫を愛する彼女にとって、自分が無視されたようで、とても苦しいはずです。
「夫の心臓を守るために、音を立ててはいけない」
↑
↓
「音をたてて、夫に自分の存在を感じてもらいたい」
この2つの気持ちで揺れ動き、ついに彼女は「茶碗を投げる」という行動に出ました。
夫に自分の存在を感じさせたかったからです。
そして、彼女の思いは通じました。それが第四の手紙です。
お前達は一切の音を立てるな。
それまでの手紙が、「子供に」だけだったのがここで「お前達」と変化します。
彼女の音も夫に届きました。
「お前達、お前達、お前達よ。」
と、自分も含まれる「お前達」を強調してつぶやく彼女の涙には、うれしさも混じっていたはずです。
・愛する夫に「自分の存在を感じてもらいたい」という彼女の気持ちが、茶碗を投げ音を立てるという行動に繋がった
・「お前達」という第四の手紙は、彼女の音も夫に届いたことを示している
③彼女が死んだ理由
けれど音をたてて自分の存在を感じてもらうことは、結局は夫の心臓を破ることです。
(お前達は一切の音を立てるな。戸障子の開け閉めもするな。呼吸もするな。お前達の家の時計も音を立ててはならぬ。)
夫は第四の手紙で音を立てないことを、妻と子供に要求します。
夫を愛する妻はこれを忠実に守るために、子供といっしょに死ぬことを選びます。
そして一切の音を立てなかった。永久に微かな音も立てなくなった。つまり、母と娘は死んだのである。
彼女の心情の「なぜ」を見ていくと、夫を愛する妻が「夫の言葉に従って静かにしたい」「夫に気づいて欲しい」という葛藤の末に死に向かうというストーリーが見えてきます。
・『心中』は夫を愛する妻が、夫への愛のあまり死へ向かうストーリーになっている
物理的な「なぜ」の考察 彼女に寄り添う語り手・彼女を失う語り手
次に物理的な「なぜ」を考察していきます。
- なぜ遠くにいた夫が枕を並べて死んでいるのか
- そもそも、なぜ遠くにいる夫に音が届くのか
なぜ遠くにいた夫が枕を並べて死んでいるのか 矛盾する距離
まず、「遠くにいた夫が枕を並べて死んでいること」について考えます。
この物語では「夫は遠くにいる」と言っていました。
それは第四の手紙まで続きます。
けれど物語の最後の1行で「枕を並べて死んでいた」と、夫が近くにいるという説明に転換しています。
- 夫が遠くにいること
- 夫が近くで死んでいたこと
この2つは矛盾します。
最後の1行との間には、時間が経っているような説明もありません。
物理的には、この2つが同時に起こることはないと思います。
物理詳しくないけどね…
とすると、どちらかが「真実」ではないことになります。
・物語の「夫が遠くにいる」と、物語の最後の1行の「枕を並べて死んでいた」は、夫の物理的な距離として矛盾している。
→どちらかが「真実」ではないと考えられる。
物語の語り手の確認 語り手は「彼女」の視点に寄り添う
実際の夫は、近くにいるんでしょうか。それとも遠くにいるんでしょうか。
これについて物語の「語り手」から考察していきます。
語り手は「視点」とも言い換えられる小説の用語です。
語り手にはいろいろな種類があります。
「僕は…」「私は…」という人称を使い、主人公だけに寄り添って主人公の内面を説明する語り手もいれば、登場人物全員の内面の感情を語ることのできる神のような語り手もいます。
語り手の立ち位置はその小説ごとに違い、途中で変化する小説もあります。
ここで『心中』の語り手について考えます。
『心中』では、登場人物は三人称で「彼女」「夫」「娘」と表現されています。
この人称は一見公平に3人を全体から見ているように見えますが、よく見ると語り手の言葉は「彼女」の気持ちだけを語っています。
他の登場人物については、行動は語りますが、その中にある気持ちは語っていません。
しかしこの音は、夫の心臓が破れる音ではないのか。
おお、この音を聞け。
このことから、『心中』の語り手は、彼女の心、彼女の視点に入り込んだ「彼女に寄り添った語り手」だということがわかります。
・『心中』の語り手は、「彼女」の視点を通して物語を語っていた
最後の1行 放り出される『心中』の語り手
ところが、物語では最後に「彼女」は死んでしまっています。
つまり、語り手もここでよりどころになっていた「彼女の視点」を失うことになりました。
そして不思議なことには彼女の夫も枕を並べて死んでいた。
とすると最後の1行は、彼女の視点が消えることで出て来た、新たな視点=語り手自身の視点だと言えます。
夫の呼び方も、それまでのただの「夫」と違い、「彼女の夫」と言っています。
これは彼女目線の「夫」という呼び方から離れ、外部から見るようになったことを示しています。
・『心中』の語り手は、物語の最後の彼女の死によって「彼女の視点」を失い、新たな視点を持つ。
2つの視点 どちらが「真実」なのか
『心中』では、物語の前半と最後の1行で語りの視点が変化しています。
語り手は、彼女の視点で出来事を見ていた前半部分では、「夫は遠くにいる」と感じていました。
物語の最後で彼女の視点を失った語り手は「夫は近くにいた」と気づきます。
- 彼女の視点を通すと → 夫が遠くにいる、と感じる
- 彼女の視点を失うと → 夫が近くにいた、と気づく
どっちの視点のいうことが正しいのか…
なぜ遠くにいる夫に音が届くのか、の理由 実は近くにいるから
ここで考えたいのは、もう1つの物理的な「なぜ」として挙げた、
そもそも、なぜ遠くにいる夫に音が届くのか
についてです。
読み返してみると『心中』には最初から矛盾があります。
普通に考えて、遠くにいる夫に家庭の音が聞こえるわけはありません。
けれど、妻も、妻の視点を通して語る前半の語り手も、この点には不思議を感じていません。
遠くにいる夫に自分達の音が聞こえると言われて、それをおかしく思わない彼女は精神にズレがあり、語り手もその感覚に吞まれていることになります。
彼らの感覚はこの最初の時点で歪んでいます。
つまり、彼女は歪んだ視点を持っているので、そんな彼女が語る「夫は遠くにいる」は事実とも言えません。
音は夫に届いている以上、夫は物理的には彼女の近くにいることになります。
けれど彼女には夫が遠く感じられている、ということです。
これが物理的な「なぜ」の矛盾の答えになると思います。
・彼女は物語の最初から、歪んだ視線を持ち、精神のズレを感じさせている。
・その彼女が感じる「夫は遠くにいる」は事実としてはあてにならない。
・物語の大部分は、彼女の歪んだ視点を通して語られている。
そして不思議なことには彼女の夫も枕を並べて死んでいた。
最後の1行、彼女や他の人物が亡くなった後に語り手は、はじめて「不思議」を感じています。
「不思議」と感じられるということは、「常識」と比べられる眼を持っているということです。
登場人物はすべて亡くなっているので、ここの語り手は誰かの視点を通すことのない見方をしているはずです。
人物に依存しないこの最後の部分の語り手は、「常識」も見ることができる「客観的な視点」を持っているといえます。
・最後の部分の語り手には客観性が感じられる。→「夫は近くにいた」が事実
『心中』は物理的な謎と語り手の変化を考え合わせることで、彼女の視点の歪みに気づかせる小説になっています。
実は「夫の手紙」も実際には手紙ではなかったと考えてます。
それについてはまたあとで
小説として感じる「なぜ」の考察 実際は何が起こっていたのか
ここまで、彼女の心情をめぐる「なぜ」と物理的な「なぜ」を見ることで、
・彼女が夫を深く愛していること
・『心中』の大部分は彼女の視点を通して書かれていて、歪みが感じられること
・夫は物理的には彼女のそばにいるけれど、彼女は「夫は遠くにいる」と感じていること
を考察してきました。
ここからは、最後の「小説として感じる、なぜ」について考えていきます。
- なぜタイトルが「心中」なのか
- なぜ夫の心臓の音をここまで重要視するのか
なぜタイトルが「心中」なのか
タイトルの『心中』の意味です。
ここまでのまとめで、タイトルの『心中』には2つの意味と読みがあることに気づくと思います。
つまり、母と娘とは死んだのである。
そして不思議なことには彼女の夫も枕を並べて死んでいた。
1つ目は最後の部分から読み取れる「心中(しんじゅう)」です。
3人枕を並べて死んでいる状態は「一家心中」と言えると思います。
2つ目は、この小説の大部分が「彼女の視点」を通して書かれているという点です。
なので、この小説は「彼女の心中(しんちゅう)」とも言えます。
この小説は前半で彼女の心中(しんちゅう)を描き、最後の行で一家心中(しんじゅう)を描く、「心中」という漢字に掛けた2つの意味を持つタイトルになっています。
・タイトルの『心中』は、前半で彼女の「心の中=心中」を書き、最後で一家の「心中」を書くというダブルミーニング
なぜ夫の心臓の音をここまで重要視するのか
そして最後の疑問、「なぜ夫の心臓の音をここまで重要視するのか」ですが…
えーと、ここからはここだけの話…
\考察というよりも「推測」中心!/
ここからは、今までの考察と本文から推測した
私の思う『心中』の裏にあるのはこんな出来事
についてお話していこうと思います。
推測の元になった、私の考察&本文からの読み取りはこちら。
・彼女はメチャクチャ夫のことが好き
・けれど夫に嫌われていると思っている
・それで精神が歪んでいる
・夫は実はそばにいる
・けれど直接言葉を発していない(←手紙、ということから)
・彼女は夫から「俺の心臓を大事に」とメッセージを受け取っている
・子供は彼女にないがしろにされている(かわいそう)
これらのことから、私がまず推測したのは、
夫の手紙すら、彼女の作り出した幻想かもしれない
ということです。
夫は直接妻と言葉を交わしていません。これは夫の存在感の薄さを感じさせます。
そして手紙の内容も、常軌を逸しています。
これは夫が書いたというよりも、精神が歪んだ彼女が「夫の心臓を守らなければ」と強く思うあまり、作り上げてしまったメッセージと思いました。
そして彼女が「夫の心臓を大事にしなければ」と思う理由、それは、
ここ、飛躍するみたいだけど、理屈として考えるとこれだと思うんです
彼女の夫は、心臓だけが動いている脳死状態で、2年前から寝たきりになっている。
彼女は夫を生かすために心臓だけは守らなくちゃいけない、と2年間介護して、精神が病んだ。
という出来事が裏にあると考えました。
つまり『心中』は
夫の介護疲れのために、妻が狂ってしまった話
と考えます。
最後の3人での心中は、
妻が夫の心臓を守るために、子供と死を選ぶ → 介護をする人がいなくなったため夫も死ぬ
という流れで引き起こされたのではないでしょうか。
・この作品で夫の心臓の音が重要視されるのは、彼女が、寝たきりの夫の心臓を守りたいと強く思ったまま、精神が病んだから。
・『心中』は夫の介護に疲れ、最後は心中を選ぶ妻の物語。
【川端康成の経歴や他作品との関連】
・川端康成は今でいうヤングケアラーです。
十代半ばの時に、祖父の介護を経験しています。
その介護経験もこの作品を思いつくきっかけになったかもしれません。
・『心中』の約30年後の作品ですが、川端康成には意識なく眠らされた女性がでてくる『眠れる美女』という作品もあります。
『心中』の当時から、「意識がない人」をめぐる周囲に興味を持っている気がします。
推測 『心中』の裏にある出来事は?
『心中』は、精神が病んだ妻の視点でかかれた、介護の果ての心中の物語というお話をしてきました。
さらに推測を重ねます
ここから、
病んでいない人の視点で見ると、物語はどうなるのか
を考え、この作品の登場人物
九つになる娘の日記
を書いてみました。
文章が書けない!つたない!のでお恥ずかしいですが、「私の思う『心中』の裏にあるのは、このような出来事」ということで載せてみます。
\以下、説明のための私の創作です/
創作「彼女の娘」の日記(7歳~9歳)
〇月〇日
「〇〇さん、すぐに病院にむかって」
じゅぎょう中に、父さんがたおれたとれんらくをうけた。
かあさんと病院に行くと、父さんはベットにいた。
からだは生きているけれど、起きないらしい。ねているみたいに見えた。
おいしゃさまに
「大きな声で呼びかけてあげてください。愛するお二人の呼びかけなら、きっと目をさまします」
といわれた。
かあさんと2人でいっしょうけんめい父さんの名前を呼んだ。
けれど、父さんは目をさまさなかった。ねむりつづけていた。
かあさんが泣いていた。
泣きながら、
「これだけ呼んでももどってこないなんて、お父さんは、お母さんのこと好きじゃなかったのかな」
と言った。
〇月〇日
父さんはねむったまま家に帰ってきた。
父さんはの心臓は動いている。
けれどいつどうなるかわからない。
おいしゃさまは「ぜったいあんせい」と言っていた。
とにかく静かにして、動いている心臓を守らなきゃいけない。
この間はあれだけ大きな声で名前を呼んだばかりなのに、今度はぜったいあんせい。
父さんはふすまの奥の部屋でねている。
わたしはあの部屋に入ってはいけない。
「○○のたてる音はお父さんの心臓に悪いから」
かあさんは父さんのいる部屋のふすまを閉めた。
〇月〇日
かあさんは父さんの部屋に入るとなかなか出てこない。
一度ふすまを少しあけて、のぞいてみたことがある。
かあさんは父さんの心臓のあたりにぴったりと耳をあてて、心臓の音を聴いているみたいだった。
泣きそうな顔にみえた。
〇月〇日
父さんが寝てから2年。
ふすまの奥の父さんの姿はほとんど見ていない。
私は父さんがいないことに慣れてしまった。
今回のテスト、100点だった。
かあさんに早く見せなきゃ。私は走って家に帰った。
「かあさん」
バタバタと玄関を開け、かあさんを呼んだ。
かあさんは青白い顔をしてふすまの奥から出てきて、声をひそめていった。
「音を、たてては、だめ」
「あの人の、心臓を、守らなきゃ」
かあさんは私を見ていない。遠くを見ているみたい。
その日から私は靴を履くことを禁止された。
〇月〇日
かあさんが私に眼を向ける時は、私がなにか音をたてたときだけだ。
私はわざと音をたてるようにしてみた。
かあさんは私が音をたてると、音を出したものを取り上げ、父さんのいる部屋に入る。
ふすまの奥から声が聞こえてきた。
「あなたは、この子のたてる音にだけ、反応するのね」
かあさんは、父さんの心臓とお話しているんだ。
苦し気で、寂しそうな声だった。
〇月〇日
今日のかあさんは変だった。
私の茶碗が音をたてると言って、かあさんが私の茶碗を取り上げた。
そんなのは嫌なので、私は自分で茶碗を持ってきた。
するとかあさんは私の茶碗を庭石の上に投げた。自分の茶碗まで投げた。大きな音がした。
「かあさん、かあさん、かあさん」
かあさん、どうしたんだろう。かあさんが音をたてるなんて。
あまりのことに涙が出た。けれどかあさんはそんな私の頬を打った。
お願いだから、かあさん、私のことも見て欲しい。
明日はどうなるんだろう。
とうさん、いつかは起きるのかな。
(少女の日記はここで途切れている)
川端康成『心中』まとめ
川端康成の『心中』は、物を言わない夫への介護に疲れ、精神が病んだ妻の「心中」を描いた作品であり、結果3人が死ぬという「心中」を扱った作品と私は考えます。
病んだ妻の視点で描かれているため、たくさんの「なぜ」が連なる作品ですが、
夫の心臓を守りたいと考え、おかしくなってしまった妻の、愛の悲しさ
が感じられます。
そして妻が夫を愛する陰で、ないがしろにされてしまった娘の存在もあり、
求めてもこちらを向いてくれない、母への届かない愛の悲しさ
も描いていると思いました。
ここには2つの、届かない「愛の悲しさ」が描かれています。
この結論は、川端康成自身が言っていた
「心中」はこれで愛の悲しさを突いたつもりであった。
という言葉とも繋がると思いました。
川端康成『心中』が含まれる作品集はこちら!
川端康成の不思議な物語が読める本
川端康成の不思議な物語が読みたいと思った時にオススメの文庫をご紹介します。
『心中』はこちらにも収録されています。
高原英理氏が編集した、「川端康成 異相短篇集」です。
川端康成の「只ならない」雰囲気が堪能できる作品を集めています。
神保町・東京堂書店さんの週間ベストの発表です!総合の1位は『誰もいない文学館』(本の雑誌社)、文庫の1位は2週連続の高原英理編『川端康成異相短篇集』(中公文庫)でした!賢太さんやりました!お買い上げいただきました皆様ありがとうございます! pic.twitter.com/wGSbXuQnhQ
— 本の雑誌 (@Hon_no_Zasshi) July 5, 2022
発売当時、本好きが集まる神保町・東京堂書店さんで2週連続文庫売上1位を取った本です。
青空文庫で読めない川端康成を、手に取りやすい文庫から始めてみるのはいかがでしょうか。
ここまで読んでいただきありがとうございました