玻璃の読み方・意味
「玻璃」は「はり」と読み、
- ガラスの古称
- 仏教用語で、この世における最高の宝「七宝」のひとつ
- 水晶
といった意味があります。
「ガラス」の古い言い方として使われることが多い言葉です。
ガラスって漢字だと「硝子」って書くんだよね?これもレトロで素敵♡
「玻璃」と漢字で書いた「硝子」は、現代ではレトロな言葉として、もしかしたら同じようなニュアンスに感じているかもしれません。
ただ、この2つは、本来は言葉の持つイメージが違います。
この記事では二つの言葉の年代の違いについて注目し、詳しく解説していこうと思います。
「玻璃」と「ガラス」の違い
「玻璃」と「ガラス(硝子)」は、言葉の伝わった時代が違います。
「玻璃」は平安時代、「ガラス」(硝子)は明治時代に入ってきた言葉です。
平安時代・明治時代のガラス
平安時代はガラス玉は作ることができても、ガラスの器は日本では作ることができませんでした。
ガラスの器はすべて輸入され、貴族の使う高級品でした。
なので「玻璃」という言葉は、「宝」というイメージが強い言葉です。
対して「ガラス(硝子)」は明治時代に入ってきた言葉です。
そこで、製法のわからない神秘的な宝というよりも、工業製品の一つという意味合いが強くなります。
このことから「玻璃」は「ガラス(硝子)」よりも神秘性が高いイメージの言葉ということができます。
水晶としての「玻璃」
「玻璃」には「水晶」という意味もあります。
その水晶ですが、昔は氷が山中でそのまま溶けずに千年経つと、水晶になると信じられたこともあったそうです。ロマンチックですね。
「玻璃」を使った小説・文学
「玻璃」と「硝子」の両方の言葉を使っている小説を紹介します。
町全体が一つの薄い玻璃(はり)で構成されてる、危険な毀(こわ)れやすい建物みたいであった、ちょっとしたバランスを失っても、家全体が崩壊して、硝子(がらす)が粉々に砕けてしまう。
萩原朔太郎『猫町—散文詩風な小説—』より
大正時代の詩人、萩原朔太郎の『猫町』という小説です。
この文章では幻想的な街に迷い込んだ主人公が、その街を神秘的で壊れやすい「玻璃」に例えています。
それが壊れた瞬間に「硝子」になるのは、神秘的な感じが一緒に失われる様子を表しているのかもしれません。
現代に残る「玻璃」の使われ方
現代に残っている「玻璃」という言葉の使われ方についてご紹介します。
・瑠璃も玻璃も照らせば光る
ことわざです。
どんな石ころの中に混ざっていたとしても、瑠璃も玻璃も光を当てると輝いて所在がわかるということから、才能のある人はどんな場所にいても目立つ、という意味です。
瑠璃(青色の宝玉)も玻璃(水晶)も、どちらも仏教の最高の宝、七宝の一つです。
「瑠璃も玻璃も磨けば光る」という言葉を聞いたことがあるかたがいるかもしれません。
これを、瑠璃=宝玉、玻璃=ガラスとして、「宝玉もただのガラスも磨けば同じように光る=天性の才能が無くても努力すれば素晴らしい結果を招く」という意味と思っている人がいるかもしれませんが、これは間違いです。
この言葉は江戸のいろはがるたには載っていたようですが、意味としては先ほどあげた「瑠璃も玻璃も照らせば光る」と近いもので、素質や才能に恵まれた人は誰でも修練を積むことによって大成する、になります。やはり「玻璃」は宝です。
・うすはり
「うすはり」は大正11年創業のガラス食器の会社、松徳硝子さんの登録商標です。
名前の通り、「うす」い「はり(玻璃)」という意味です。繊細な飲み口が飲み物の味を引き出します。
まとめ
この記事では「玻璃」について解説しました。
「玻璃」は、主に「ガラス」の古い言い方です。今では「ガラス」も漢字で「硝子」と書くとレトロな雰囲気がありますが、言葉の伝わった年代が違うので、「玻璃」の方が宝としてのイメージが強くなります。
「玻璃」は今ではあまり使いませんが、言葉自体に価値を感じさせる素敵な言葉です。